2012年1月14日 (土)

根本博陸軍中将の話

Rimg3376_2   昨年春、ひょんなことから『この命、義に捧ぐ』という本に出会った。本のサブタイトルは「台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡」とあり、蒋介石軍が毛沢東軍に追い込まれたとき、彼は、満州から日本人5万人を無事に帰国させることが出来たのは、蒋介石総統のおかげである。その恩に報いるために、自分の命を捧げるのだという覚悟で、敗戦国日本から、密かに台湾に渡り、蒋介石に会い、ごく限られた最高の地位の人だけが、このことを認識した上で、金門島を共産軍から死守する作戦指令をだして成功させた人物である。
 今日、BSフジの朝の番組「ザ・ノンフィクション」で『父はなぜ海を渡ったのか』の再放送を見た。 何となく見ていた番組だが、途中から、これが冒頭に掲げた『この命、義に捧ぐ』のドキュメントであることがわかり、強い関心を持って観た。

 金門島という場所は、台湾の領土でありながら、中国大陸から僅か2キロという至近の距離の島である。蒋介石の高官達は、この島を捨てて台湾での本土決戦を唱えたそうだが、根本氏はその案を否定し、しかも金門島の住民の死者を最小限にして勝利へと導く作戦を遂行したのだ。中国大陸の目と鼻の先にあるこの島の役割は、今も重要な存在となっている。

 この本を読んで、台湾の知り合いに金門島を共産軍から守るのに、日本人が深く関わっていたことを知っているか聞くと、聞いたことがないと否定されてしまった。どう云うわけか、この戦に日本人がきわめて重要な立場で関わっていたことは、台湾では知られていない。秘められたと云うよりも、ごく特定の人しか存在を承知していなかったし、根本氏と共にした日本人は中国人の名前で行動していたので、蒋介石総統が指名する作戦司令官だと思われていたらしい。日本人と言うことを公にしてはならKm06469l_2ない人事だったので、政府も軍も一切記録を残していなかったのだそうだ。
 テレビのドキュメントでは、2009年10月に金門島で馬九英総統も出席して「古寧頭戦没60周記念式典」が行われ、根本氏が台湾に密航することに関わった人物の家族も出席。政府・軍の対応もこれらの家族を賓客扱いとして上席におき、根本中将らが国共内戦において台湾の防衛に貢献した事実を、初めて政府として認め、そのことがテレビでも流された。その数日後、軍の高官が、歴史書に根本博氏が金門島の戦争に深く関わったことを肖像写真入りで記した「記録書」?を報道陣に前で手渡したのだった。

 蒋介石という人の評価はいろいろあるが、ソ連軍の満蒙侵攻にあたり、日本人が着の身着のままで満州から引き上げるが、そのとき便宜を図ったことが、時の満州の責任者であった根本中将が「恩」を強く感じ、台湾の危機と蒋介石の苦境を知り、「義」に捧げるという命の叫びと行動は、深い感動を持ったのである。

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2012年1月12日 (木)

チョットいい話(第2話)

 今日のニュースから、久々に心温まる“チョットいい話”を…。

 桃園県のある女性は、車で出かけ家に戻る途中、ガソリンがなくなったのに気付いたという。そのとき初めて、財布を家に忘れたことに気がついた。

 しかし、車が動かないことにはどうしようもなく、このため女性は国営のガソリン販売直営のスタンドで、お金を借りてガソリンを入れようと考え、頼んでみたが拒否された。その後も近くのガソリンスタンドで頼んでみたが再び断られた。

 そこで、スタンドで働いているアルバイトの人に頼んで、300元(約780円)を貸してもらって、ガソリンの補充をしたのだそうだ。

 翌日、その女性は感謝の気持ちで、お礼として3000元(約7800円)をアルバイトの人に返したのだそうだ。心温まるいい話ですね。

 人に愛を与えれば、愛が何倍にもなって還ってくるのですね。自分だけ、自分たちだけが幸せなら、人のことのことはどうでもよい、関わりたくないという心では、本当の喜びや幸せは来ないと思いますね。

 昨年の東日本大震災の「絆」と「みんな一つ」などというフレーズは、今年も引き継がれていくことが大切ですね。

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2012年1月10日 (火)

香港の土産

 香港に出かけた人から土産をいただいた。

 Rimg3376 初めて見る土産で、“黄道益”(こうどうえき)という瓶に入った薬のようなものだ。香港では「タイガーバーム」という日本のメンソレータムのような万能軟膏があるが、これは一見すると虫さされの塗り薬「きんかん」のような感じがする。

 くれた人がよく分かっておらず、「2~3滴痛いところに落として、15~20分手を当てておくのだ」という。何だかよく分からない説明だった。そこで、日本語のサイトにも何か手がかりがあるだろうとアクセスしてみると、やはりありました。

 肩こりや筋肉痛など、身体の痛いところに2~3滴落として、15~20分、ここまでは某氏の云うとおりだが、皮膚にしみ込むように塗り込むようにさするのだそうだ。

Rimg3377  なるほどと思い、生身の肩や、腰や膝の痛いところに塗り込んでみると、中々よいのだ。時間とともに薬がしみ込んで“効いてきた!”という感覚がしてきた。筋肉痛の湿布薬よりいいような感じがした。数時間は効用があるように感じたが…。ただ、一ヵ所に15~20分も塗り込むという時間は,根気のいることだ。メンソール系で臭いが強いので、出かける前などは要注意だろう。

 この「黄道益」には別名があって“活絡油”(かつらくゆう)と表示してあった。製造は香港中国医館製薬厰となっていて、類似品が多いので注意するように呼びかけてある、と云うことは評判の“いい薬”なのだろうと勝手に判断してしまったが…。

 説明では、黄道益医師(黄道益は名前だった)が数十年の臨床経験を積んで、品質の高い天然薬物を選び、黄道益活絡油を作り上げた。濃縮鎮痛漢方で使用後即時効果が現れる。痛みの根っこに浸透し、徹底治療。適用症状は、筋肉痛、頸椎痛、腱鞘炎、関節痛、腰痛、坐骨神経痛、運動前と運動後、など。頭痛、目眩、胸の苦しみ、腹痛、下痢、火傷、虫刺されなどと幅広い使い方があるようだ。

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2012年1月 6日 (金)

選挙のために帰国する台湾の人たち

 今月14日は台湾の国政選挙の投票日だ。今回は、国の大統領に当たる総統と、国会議員に当たる立法委員のダブル選挙で激しい選挙戦を展開している。

 かつて本欄で台湾には不在者投票の制度がなく、また、海外在住者のための在外選挙制度も確立していないことを書いた(2010/11/26)。そのため海外にいる人は選挙のために一時帰国しなければならない。日本では、選挙のために海外から帰国するということは、まず考えられないし、不在投票で政治への参加を表明することもできる。
 しかし、台湾では、家族や政党を支持している人から、「○○に投票するように」ということは選挙法上云えないが、「切符は取れたか」とか「いつ帰ってくるのか」という電話を受けるのだそうだ。
 今年の旧正月は1月23日で8日間の休みになる。その一週間前に選挙のためとはいえ帰国することは負担だろう。しかし、無理をしてでも買える手配をするのだそうだ。
 今日のニュースでは、選挙を前に中国大陸の各地と台湾の都市との航空機の臨時便を,投票日の前日と当日に103本にすると報じていた。選挙をするために飛行機の臨時便をだすのだ。日本では考えられない決定だ。4年前の前回の選挙では、大陸から18万人が帰国したそうで、得票率の1%に当たるそうだ。

 それほどまでしての激しい台湾の選挙戦である。

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2012年1月 5日 (木)

吾がふるさとと母校たち

 ボクのふるさとは長崎県の佐世保市である。
 団塊の世代に生まれた僕たちは、中学の頃は一学年が9クラスもあり、しかも一クラス55-56人のすし詰め教室だった。教室の後ろの出入り口の所まで生徒の机でギッシリだった。

 その中学の同窓生から「卒業50周年記念同窓会のご案内」なる手紙を昨日受けとった。<ホー!、卒業して50年にもなるのだ!>と懐かしく思い、母校のウェッブサイトを覗いてみて驚いた。ボクの母校は「市立花園中学」と云っていたが、そんな学校は消えていたのだった。正確に言うと、花園中学と旭中学が合併されて“祇園中学校”と変わっていたのだった。数年前、小子化の影響で、学校が統廃合されるという話を聞いていたけど、吾が母校も昨年4月1日付で統廃合されたのだという。では、花園中学や旭中学の歴史や伝統,記録などはどうなったのだと聞きたくなるが、校長の挨拶を読むと、新しい学校ではそうした歴史を大切にしながら、新しい歴史を作っていくと云うことになるのだろう。それにしても、悲しい限りだった。

 ところが、学校の沿革を見ていると、ボクの小学校も無くなっていたことに気がついた。もう10年も前のことだそうだ。ボクの小学校は「市立光園小学校」と云ったが、隣接の「戸尾小学校」と統合されて“祇園小学校”となっていた。
 ああ!、ここでもボクの幼い頃の思い出が抹消されている。
 超~~悲しい、超~~寂しい、と感じた。
 「校章」も「校歌」も、みな、新しいものに変わっているのだ。
 少年期と思春期が消されたように感じた。
 ただ、ボクにとって幸いなことに、統合された学校の場所は、小学、中学ともに、今も同じ場所にあるようで、訪れさえすれば、若き日の思い出を回顧すことは出来そうだ。
 なので、3月に行われるという、卒業50回記念の同窓会には出席してみたい気がするが、50年振りに会った友たちを、どれだけ記憶をよみがえらせることができるだろうか?。

 “案ずるより産むが易し”なのかもね。

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2012年1月 1日 (日)

2012年の元日はこうして過ごした

本サイトとをご覧いただきましてありがとうございます。

そして、明けましておめでとうございます。

とは云っても、ここ台湾の正月は旧暦で祝うので、街には“正月らしさ”は全く感じられず、いつもの日曜日だった。カウントダウンをして、花火とともに新年を迎え、新しい年が始まったというだけだ。

そこで、映画に行こうと思いたち、パソコンで調べてみると、昨年話題となった『ステキな金縛り』( A GHOST OF A CHANCE)が上映中だったので、出かけた。

Rimg3426 台湾で映画館に行くのは二回目で、上映が13:30、16:00とあったので、12時前に自宅を出発。チケット売り場に行くと、14:50からだという。やむなくそのチケットを購入(270元、写真右)した。そこで時間が余ったので、昼飯を食べに一丁ほど離れた食堂街に行き、「うなぎ 京都」という店に吸い込まれて入った。メニューの中から鰻重(大、420元)を注文すると、店長らしい男性が『今日のおみそ汁は、お正月なので“お雑煮風”になっていますよ』と嬉しいことを云ってくれた。

Rimg3425 映画は、予想していたことよりとても面白かった。笑った。映画であれだけ笑ったのは、いつ以来だろうか。新年「初笑い」に相応しい映画だったと思った次第だ。

こうして、2012年の元旦を迎え過ごした。

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2011年12月30日 (金)

新・士林夜市

Rimg3445 12月9日の「生まれ変わる“士林夜市”」で書いたとおり、MRT劍潭駅前にあった夜市の食堂街は工事用の壁で仕切られていた。

台湾の交通部観光局が発行している「台湾夜市Rimg3444 消費券」(クーポン券 50元×2枚)を使うため、昨日、仕事を終えて新・士林夜市にでかけた。24日まで営業し ていた場所は冒頭のとおり照明もなく暗く遮られていた。

新しいビルの地下一階にあるというので、探しながら行くと、照明がひときわ溢れ、人も溢れた場所に行き着いた。有名な鶏唐揚屋さんは以Rimg3442前にも増して長蛇の列で驚いた。昨日は平日で日本 とは違い年末休みでもないが、歩道から溢れた人で混雑していた。

その屋台が入っているという地下に入り、まず、消費券はどの店で使えるのかを聞くと、すべての店で金券として使えるというのだ。ただし、釣りは出ないと。それで気をよくしたボクは、まず牡蠣のお好み焼き(50元)を食べ、次の店では蟹のフライ(2尾で250元)をいただき、最後の店では天Rimg3438ぷらの盛り合わせ(60元)を選んだ。この消費券は2月末まで使えるという。

新 ・士林夜市の広さは、以前ビルと比べるとやや広いかな?と云う程度で、少しがっかりした。しかし、明るく空調も快調できれいで清潔な感じは、遙かにに改善されたと思った。通路の広さもさもほとんど変わらず、人で溢れてなかなか歩けない混み合い方で、店の席に着くのも、椅子取Rimg3437り合戦のようで「大変」という感じだった。平日でこの混み具合だと、土日はどうなるのだろうと心配してしまった。

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2011年12月29日 (木)

台北の孔子廟

12月11日の午後、日本から来た賓客とともに台北市内の孔子廟を案内しRimg3378 た。案内したという云い方は語弊が伴う。なぜなら、ここには7年前に一度来たきりだし、由来も何も詳しく知らないからである。
その7年前に初めて訪れたときですら、僅かな時間で見学した程度で、そこの庭には野生のリスがいたのを案内人の指差す先で認めただけだった。それだけが今も記憶に残っている。

Rimg3379 そんなことで、初めて訪れたようなものだが、7年前に比べるととても整備されていて、見学者に「孔子」という偉大な学者を、さまざ まな面から学び体験させようとしていることがよく分かった。しかも、至るところに“日本語”で丁寧に紹介されていた。

たとえば、「孔子についてよく知ろう」のコーナーでは、孔Rimg3380子の一生、若き日の孔子、魯国に仕えた孔子等々。孔子と云えば『論語』だが有名な教えがいろいろと紹介されていた。孔子という人は紀元前500年の人で、儒学の基礎を築いた中国 古代で最も偉大な教師として讃えられている。
案内した賓客氏は、論語や漢文のコーナーで長時間たたずんでいた。何をそんなに熱心に見ていたのかと聞くと、高校生時代に学んRimg3377だ漢文を思い出していたと。
ここには約一時間いたけれど、とてもその程度で退出するのはもったいないほど内容の詰まったところだった。孔子廟の前の道路は、毎月1~2回 はバスで通るところだが、ぜひ、ゆっくりと学びたいと思った。
http://www.ct.taipei.gov.tw/Rimg3376

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2011年12月25日 (日)

天堂鳥

昨日から高雄に出張していた。なので、イブはさみしく静かに過ごすこととなった。

Rimg3420 そして今日、行事を担当したのだが、飾られいてる花に感動した。というか、とても珍しい花だったので、中国語で何という花ですか?と尋ねると“天堂鳥”と教えてくれた。花なのに鳥の名前なので疑問に思いつつ、帰宅してネットで調べても、それらしいサイトになかなかヒットせず、名前そのものにも疑義を感じたりして行き当たらなかった。

実は「天堂鳥」は鳥ではなく花の名前なのです。実在する天堂鳥という鳥に似ていることから天堂鳥花というのだそうで、“極楽鳥”の異名もあるそうだ。 とにかく珍しい花だ。
『台湾大百科全書』に説明があったRimg3422が、中文なので意味を解することは出来なかった。

写真の色は正確な色ではない。もっと朱色が鮮やかな色だった。

三枚目の写真は花弁の中が解かりますかな?

Rimg3421

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2011年12月22日 (木)

冬至

昨日は日帰りで高雄に出かけた。
特に冬場は台北と高雄では10度前後の温度差があるが、きのうの高雄は窓を開放した室内で25度で汗ばむほどで、天井では空気撹拌用の扇風機が回っていた。台北に戻ると小雨で14度という冷え込みは、寒々とした感じを強くしたものだ。

さて、今日は冬至。

ご承知の通り冬至とは北半球において太陽の位置が一年で最も低くなる日で、日照時間も最も短かい日です。
子供のころは、冬至はいつも風呂に柚子(ゆず)を何個も入れて柚子湯をしてくれていた。理由は柚子のエキスで芯から温まり風邪をひかないためと言われているが、本当にそれだけが理由なのか?……。もう一つは語呂合わせだけど、冬至=湯治(とうじ)で、ビタミンCが絞り出されたお風呂に入ることで、健康になる意味とも云われている。

ところで台湾では「冬至」はどういう日であろうか?
二十四節(春分、夏至、秋分、冬至など・・・)のなかで、台湾の人には「冬至」が一番身近な節句であるらしい。ごまや小豆など甘いあんが中に入った団子“湯圓”を食べるのだそうだ。伝統的には、あんには甘い具が使うのだそうだが、最近は店頭にいろいろ新種のが並んでいて、チーズ湯圓などもみかける。「冬至」は実家に戻り、家族で一緒に湯圓を食するのだそうだ。

街はクリスマス風景で年末商戦を煽っているが、台湾ではクリスマスより冬至が重要な季節の行事として、今も大切な風俗習慣となっているみたいだ。

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